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人身傷害保険はどんなときに役立つのか

「自動車保険に入っているけれど、人身傷害保険って正直よくわからない」という声をよく耳にします。対人・対物賠償のように“誰かに迷惑をかけたとき”の補償と違い、人身傷害保険は自分や同乗者を守るための保険です。では、実際にどんな場面で役立つのでしょうか。


1. 相手が無保険だったとき

交通事故に巻き込まれた相手が、もし任意保険に入っていなかったら…。治療費や休業損害を相手から支払ってもらうのは、現実的にはとても難しいことがあります。そんなときでも、人身傷害保険なら自分の契約で確実に補償を受けられるのです。


2. 過失割合でもめたとき

「自分にも2割の過失がある」と判断されると、相手からはその分しか賠償を受けられません。治療費や慰謝料が思ったよりカバーされないことも。しかし人身傷害保険なら、過失割合に関係なく、実際の損害額をきちんと補償してくれます。


3. 自転車や歩行中の事故

人身傷害保険はクルマに乗っているときだけでなく、自転車や歩行中の交通事故にも適用される特約をつけられる場合があります。通勤・通学時に思わぬ事故に遭ったときでも、しっかり生活を守れるのは大きな安心です。


4. 長期の入院や後遺障害が残ったとき

万一の重傷で働けなくなったとき、医療費だけでなく生活費の不安が押し寄せてきます。人身傷害保険は、治療費だけでなく休業損害や将来の収入減まで補償対象。家族の生活を支える“セーフティネット”の役割も果たします。



人身傷害保険が本当に役立つとき ―「訴訟差額基準説」との関係から

自動車事故に備える保険の中でも、人身傷害保険は「自分や同乗者のための保険」として位置づけられています。医療費や休業損害を補償してくれる点はよく知られていますが、実はもう一歩踏み込んだ役割があるのをご存じでしょうか。ここで関わってくるのが、裁判実務でよく問題となる**「訴訟差額基準説」**です。


訴訟差額基準説とは?

交通事故の損害賠償請求訴訟では、被害者がすでに保険会社から人身傷害保険金を受け取っている場合、その分をどう扱うかが問題になります。
判例・実務ではおおむね**「訴訟差額基準説」**が採られており、

  • まず裁判所が認定する損害額(治療費、慰謝料、逸失利益など)を算定

  • そこから人身傷害保険金で填補された額を差し引き

  • 残額を加害者に請求できる

という整理がされています。

つまり、人身傷害保険は「加害者からの賠償請求とは別枠」ではなく、実際の損害填補を基準に調整される仕組みです。


実務上のメリット

一見すると「どうせ差し引かれるなら意味がないのでは?」と思うかもしれません。しかし、実際には次のような大きな利点があります。

  1. 早期の生活保障
     加害者との交渉や訴訟は時間がかかります。人身傷害保険なら先に保険金を受け取れるため、治療費や生活費に充てられ、経済的な空白を防げます。

  2. 過失相殺に左右されない補償
     自分に過失があっても、人身傷害保険では実際の損害額に基づいて支払いがされます。訴訟差額基準説の下でも、先にフル補償を受け取れる点は被害者に有利です。

  3. 加害者が無保険でも安心
     賠償金の回収は相手の資力次第ですが、人身傷害保険なら自分の契約で確実に補償を受けられます。その後に訴訟差額基準説に従って精算されても、被害者の救済は確保されます。


まとめ

人身傷害保険は「賠償請求と保険の二重取りはできない」という訴訟差額基準説の枠内で運用されます。けれどもその本質は、被害者が安心して生活再建できるよう、賠償交渉や裁判の結果を待たずに補償を提供することにあります。
交通事故という不意のリスクに直面したとき、この仕組みがあるかどうかで、被害者の心理的・経済的な負担は大きく変わるのです。


最新判例を通じて見る訴訟差額基準説の実際

「人身傷害保険」をめぐる判例(特に最高裁)で、訴訟差額基準説がどのように扱われてきたか、代表的なものを整理します。


最判平成24年2月20日(判例時報2145号103頁) ― “人傷保険金支払が先行した”事案

背景

被害者 A が横断中に自動車に衝突されて死亡。事故の過失割合は被害者側に10%。

このうち既に受領していた人身傷害保険金がまず支払われており、その金額が保険契約上定められた額。 

判旨(最高裁の判断)

  • 裁判所は、「人身傷害保険金は損害賠償請求権の元本(=損害の本体/治療費・入院費・慰謝料・逸失利益など)に充当されるもの」と判断。過失割合がある場合でも、過失割合を考慮することなく算定された人傷保険金である。

  • そして、「損害賠償請求権の範囲の代位取得は、人傷保険会社は人傷保険金を支払った限度で、被保険者が持っていた加害者に対する請求権を取得する」という判断。結果として、被害者は訴訟基準で認められる損害額から保険金を差し引いた残額を加害者に請求できる。これがまさに“訴訟差額基準説”に相当します。

この判決で、人身傷害保険が先に支払われていた場合においても、被害者が最低限訴訟基準での全損害額を確保できることを前提とし、人傷保険金を差し引く範囲(代位できる損害賠償請求権の範囲)は保険約款と契約条件に則って判断される、という基準が確定的になりました。 


最近の最高裁判例:最判令和4年3月24日

この判例でも、訴訟差額基準説の適用が確認されています。

内容とポイント

  • この判例では、人身傷害保険を使った後に 自賠責保険からの保険金の回収があったケースで、「被害者が自賠責保険金を受領していたとしても、それを加害者に対する請求権額から差し引くことはできない」という判断が示されました。つまり、自賠責保険金の受領があっても、それをもって被害者が訴訟基準で認められる損害の補填を失うわけではないというもの。 

  • また、この判例では「過失相殺」がある場合における被害者の請求可能額・人身傷害保険会社が代位取得できる請求権の範囲について、訴訟差額基準説を前提に整理されています。


判例を踏まえた、訴訟差額基準説の実際

これらの判例を通じて分かることを、以下に整理します。

判例/状況 訴訟差額基準説の採用有無 どのようなルール・前提での適用か
最判平成24年2月20日 採用 人傷保険金先行。被害者に過失があっても、保険金が過失控除なしに算定される契約であれば、保険金を差し引いた残額を加害者に請求可能。 
最判令和4年3月24日 採用 自賠責保険金を被害者が受領していた場合でも、自賠責分を加害者請求権額から差し引くことを認めない。被害者の訴訟基準損害額を確保するという観点が重視されている。 

まとめ

  • 判例は、人身傷害保険を使った後でも、「被害者が訴訟で認められる損害額(裁判基準損害額)」を確保することを重視しています。これが訴訟差額基準説の核です。

  • 過失がある場合や自賠責保険金を受けている場合でも、それが被害者の全補償を不当に減らすものではない、という方向で、最高裁は判断を示してきています。被害者保護の観点が強く働いています。

  • ただし、判決内容をそのまま自分のケースに当てはめられるかどうかは、「加入している保険の約款」「人傷保険金がどの程度まで先に支払われているか」「加害者との交渉・訴訟を起こすか否か」など具体的条件による、という点は変わりません。

 

 

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