ブログ
不適切行為をした社員に退職金を全額支払う必要があるのか
不適切な行為をした社員に対しては退職金の全部または一部を支払わないという定めを退職金規程などに置いている事業者も多いと思われます。不適切な行為をして会社に迷惑をかけたのだから、退職金の全部または一部を払わなくても当然だ、と考えるのも自然なところではあります。
一方、退職金は、会社に貢献した社員をねぎらうものであり、給料の後払い的性質を有するとされています。会社に貢献してきた社員が、少し悪いことをしたからといって退職金の全部や大半が支払われないとするのはバランスにかけると考えられます。
では、どのような場合に退職金の全部または一部の不支給が認められるのでしょうか。
1 一般的な基準
退職金規程に退職金の全部または一部の不支給を定めた規定がある場合でも、その規定に基づいて当然に退職金の全部または一部を支払わないとすることはできないとされています。
裁判所は、退職金の全部または一部の不支給が認められるのは、労働者が使用者に採用されて以降の長年の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為がある場合に限られる、と考えています。
例えば、職場において違法な行為をしたような場合には退職金の全部不支給が認められる傾向があります。
一方、私生活において違法な行為をしたような場合では、退職金の全部不支給は認められず、一部の不支給が認められるに止まる傾向があります。
2 職場で横領があった事例の最高裁判決
市が運行するバスの運転手として30年近く勤務した男性が、乗客から支払われた1000円を横領したことなどを理由として、1200万円ほどの退職金の全額を不支給とする処分を受けたため、その処分の有効性が問題となった事例として、最高裁判所令和7年4月17日判決が挙げられます。
最高裁は、結論として、退職金の全額不支給の処分は問題ないとの判断をしました。その理由は、勤務中に公金を着服する行為はそれ自体が重大な問題行為であり、一人で乗務して乗客から運賃を直接受領し得る立場にあるバス運転手という職業の特性から運賃の適正な管理が強く求められるため、運賃の着服は市バスの運行事業に対する信頼を大きく損なうものであるから、退職金の全額不支給との判断は事業主の裁量の範囲内である、というものでした。
横領した金額が少額であることやその弁償がなされていることに鑑みれば、1200万円もの退職金の全額が不支給とされることにはやや疑問が残ります。実際に、この事例の一審・控訴審は、全額不支給は認められないと判断しています。
もっとも、市バスの運転手は公務員であり、業務中の横領行為は公務員に対する信頼を失墜させるおそれがあるものであるため、最高裁は厳しい判断をしたものと考えられます。
この最高裁判決は、処分を受けた職員が公務員であるという点が重視されていると考えられます。一方、民間企業の社員が横領をしたような場合であっても、社会的信頼の失墜という点では公務員と性質が異なります。したがって、この最高裁判決があるからといって、当該社員の退職金全額を不支給とする処分が認められるとは限りませんので、注意が必要です。
退職金は高額になることもあり、紛争になった場合には会社に与える影響も大きくなります。退職金の全部または一部の不支給を検討している際に少しでも不安がありましたら、ぜひ弁護士法人長野第一法律事務所へご相談ください。