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ケインズに学ぶ

岩波新書で最近発刊された「ケインズ 危機の時代の実践家」伊藤宣広を読んでみました。

 

 

ケインズは、いわずとしれたケインズ経済学の創始者であり、アダム・スミス、リカード、マルクスらと並ぶ経済学の超大物でマクロ経済学の祖といわれています。

 ケインズは、主流の古典派の理論では完全雇用状態が自然に達成されるはずなのに現実には大量の失業者が発生し続ける様子をみて、その理論に疑問を覚えました。1920〜30年代の英国は、失業率が10%を超えていたのです。

 雇用と金融、貨幣の関係を理論的に解明し、古典派の理論は限定的な局面でしか成立しないこと、それに代わる理論(一般的理論)を打ちたて、有効需要の不足こそが不況や失業の原因であるとして政府による公共投資による需要創出を理論づけたのがケインズです。
 財政政策による不況回避は、いまではどこの国家でも当たり前に行われているようになっていますが、当時は決してそうではありませんでしたし、理論的な妥当性は全く未知の状態だったのです。

 ケインズの主著とされる書が、「雇用・利子・貨幣の一般理論」と名付けられているのはこのためです。

 

 ケインズの優れた洞察力は天性の才能によるものもあるでしょうが、若い頃には経済学にはあまり興味はなく、むしろ文学や芸術に興味があり、一流の芸術家たちと親しくしていました(例えば、作家のヴァージニア・ウルフ)し、ラッセルやムーア、ウィトゲンシュタインといった哲学者とも交流がありました。

 若き日のケインズは、ムーアの「合成の誤謬」という考え方を学び、その発想を経済学に活かしていたようです。

 合成の誤謬とは、「ミクロ的には合理的でも、マクロ的には正しいとは限らない」という考え方です。
 例えば、ケインズは貯蓄はミクロ的には(個々の家計では)合理的だが、みなが貯蓄に励むと結局消費が減少し、経済全体としては不況に陥ってしまうと指摘しています。
 ケインズは、第一次世界大戦の戦後処理についても戦勝国が自国の損害の全部をドイツに賠償請求をすることは(つまり個々の国家というミクロ的には合理的でも)、結局ドイツを不安定にするだけで大局的には戦勝国や世界全体にとってもマイナスになると警告しています。
 実際、ケインズの予言は的中し、経済的に破滅したドイツではその後ナチスという魔物が台頭し、戦勝国のイギリスやフランスだけでなく、世界中が破滅の一歩手前に追い込まれることになりました。


 また、ケインズは単なる象牙の塔の学者ではなく、官僚、投資家、保険会社の役員、ケンブリッジの会計官、経済学誌の編集者、英国を代表するエコノミスト、外交交渉員といった実践家の面もあわせもっていた人でした。

 

 

 

 ケインズは、数式を駆使した難解な経済学の論文を書いた人ですが、経済学は自然科学とは違い「モラル・サイエンス」であると強調しています。

「経済学は、本質的にモラル・サイエンスであって自然科学ではありません。すなわち経済学は内省と価値判断を用いるのです。」

 ケインズにとっては経済学は、人々が貧困や失業に悩まされることなく暮らし、また、利害を異にする国家間が平和で安定的に共存するための学問であり技術でした。

 彼は、資本主義は他の経済体制に比べて効率的ではあるが、決して望ましいものではないとも述べています。

 資本主義のもつ人間性や世界の安定への危険を見抜いていたのでした。

 マルクスは資本主義自体が克服されるべきものだと位置づけたのに対し、ケインズは共産主義や社会主義は個人の自由を抑圧する危険が高いとして退け、資本主義自体はやむを得ないものとして受け入れた上でそれを政府が介入、コントロールするという点で根本的に違いますが、資本主義の問題性と真摯に格闘した点では共通でした。


 人々の貨幣愛(お金を貯め込もうとする欲望)への洞察が、「流動性選好」や利子の本質(利子は流動性を手放すことの対価である)というケインズの概念に結実したように、実践家として地から足を離さなかったケインズは単なる経済学者ではなく、まさに人類の歴史に残る賢者としてその名を残したのでした。

 我々は、ケインズから学べることが沢山有るようにおもいます。(一由)

 

 

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