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黄色いステッチは位置商標?ドクターマーチン事件

1 知財高裁令和5年8月10日判決(ドクターマーチン事件)は、位置商標に関するなかなか興味深い判例です。

  (判決文はリンク先の裁判所ウェブサイトをご覧下さい。)

2 事案概要

(1)原告は、「Dr.Marten」(靴、被服)の商標を保有する会社ですが、「革靴、ブーツ」を指定商品としてブーツのステッチを位置商標として出願しました(本件位置商標)。

(2)特許庁は、登録拒絶査定をしたため、原告が、訴えを提起した。

(参考画像)

 

  このドクターマーチンのブーツの「黄色い糸のステッチ部分」を位置商標として出願したということですね。

  確かにこのステッチは、革靴やブーツに興味がある人ならみんな知っている有名なドクターマーチンの特徴です。

  かくいう私も、このドクターマーチンの8ホールブーツ(1460)を履いています。

(3)位置商標とは

   位置商標とは、商標に係る標章(文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合に限る。)を付する位置が特定される商標をいいます(商標法施行規則4条の6)。

3 裁判所の判断概要(商標法3条1項3号該当性)

(1)本願商標の位置は、一般的な製造方法により靴製品を製造した場合に、通常、ステッチが現れる位置であり、また、糸の縫い目であるステッチが破線状になることは通常のことといえるから、本願商標の位置に破線状の図形を設けることは、靴の形状として、普通に用いられるものであるといえる。

(2) 破線状の図形を黄色にすることについて

   グッドイヤーウェルト製法において、ウェルトとアッパー又はアウトソールを縫い付けるために使用される糸には、ウェルトステッチが目立たないように、アッパーやアウトソールと同系色のものが使用されるのが一般的である(甲2)。そうすると、アッパーやアウトソールが黄又は黄系統の色の靴製品の場合には、美観上の目的から、ウェルトステッチが目立たないように黄色の糸が使用されるのが一般的であるといえる。また、一般的に、靴製品の各部分の色彩は、機能又は美観の観点から様々なものが選択されるものであり、アッパーやアウトソールを黄又は黄系統の色とする靴製品も、通常存在し得るものである(例えば、別紙「被告の主張する取引の実情」の(タ)~(ツ))。そうすると、黄色は、本願商標の破線状の図形を表す方法の一つであるグッドイヤーウェルト製品により黄又は黄系統の靴製品を製造する場合には、一般的に選択される色彩であるといえるから、本願商標の破線状の図形の色彩に黄色を選択することは、通常のことであるといえる。

(3)原告の主張について

  原告は、破線状の図形に黄色を採用している点は、機能又は美観上の理由から採用すると予測される範囲を超えた形状であり、ウェルトステッチに黄色が使用されたものは、原告商品又はその模倣品以外には日本市場に存在しないと主張するが、前記のとおり、少なくともアッパーやアウトソールが黄又は黄系色の靴製品を製造する場合に、ウェルトステッチとして黄色の糸を用いることは一般的であって、機能又は美観上の理由から採用すると予測される範囲のものというほかない上、現に、第三者の販売する商品(デザートブーツ)において、黄色のスエード地のアッパーの外周部分にアッパーと同系色である黄色のステッチを施したものが存在していることが認められるから(甲121、乙24)、原告の上記主張は採用できない。
なお、原告は、本願商標について、黄色い糸によるウェルトステッチが黒色のウェルトの上に黄色の破線状の図形として現れたものであるなどと主張するが、商標権の範囲は、願書に記載した商標に基づいて定められ(商標法27条)、その記載の意義は、願書に記載された商標の詳細な説明を考慮して解釈するものであるから(同条3項、5条4項)、黄色の破線状の図形の下地が黒であることは本願商標の範囲に含まれるものと認めることはできず(別紙本願商標目録参照)、本願商標は、同図形の下地の色について限定をするものではないというほかなく、黄又は黄系色の革靴及びブーツに付されるものについても、当然に本願商標の範囲に含まれるものと解されるから、上記原告の主張は採用できない。 

4 裁判所の判断(商標法3条2項該当性)

 (原告が実施したアンケート調査の結果を踏まえ)

 そうすると、少なくとも黒い革靴に用いる場合には、本願商標は相当程度の認知度を得ているということができるとしても、それ以外の色の革靴及びブーツに用いられる場合の本願商標の認知度が高いと認めるに足りる証拠はないというほかない。

 

5 感想

  実務的には、原告が実施したアンケート評価の点が興味深いところです。(なお、この点については「発明」(2023年12月号)の弁理士青木博通先生の論考が参考になります)。

  ブーツ愛好家としては、ドクターマーチンのイエローステッチの自他識別性がないという判断には首をかしげるところもないではありません。

  ただ、それは自分のような「ブーツ好きの人にとっては」という感覚であって、ブーツに特に関心のない人も含めて考えると、裁判所の判断も相応の合理性のあるところです。

  また、「黒色のウェルト+黄色いステッチ」の点については、「商標出願の際にそういう限定はないではないか」と裁判所に指摘されているところは、商標を出願するサイドからすると手痛い指摘であろうとおもいます。「黒色のウェルト+黄色いステッチ」に限定していれば、自他識別性は認められたかもしれませんね。 

  いずれにしても、大変勉強になる裁判例であり、位置商標に関する先例として意義のあるものだと思います。

 

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