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「官民共創のイノベーション 規制のサンドボックスの挑戦とその先」(中原裕彦・池田陽子編著)

「官民共創のイノベーション 規制のサンドボックスの挑戦とその先」(中原裕彦・池田陽子編著)を読みました。
 大変面白い本でしたのでご紹介したいと思います。

 




1 規制のサンドボックス  
  規制のサンドボックスとは聞き慣れない言葉ですが、新しいビジネスモデルの実証の場として設けられた制度(サンドボックス=砂場、試行錯誤の場)で、現行法に抵触しないという安心を確保した上で、試行錯誤(サンドボックス実証)を行うことを可能にするものです。  
  現在は、産業競争力強化法にその根拠が置かれています。

2 新技術等を用いたビジネスモデルの実証は時として、法規制のカベにつきあたります。  
  例えば、この書籍で事例として紹介されているハイブリッドバイクを企業が開発して市場に投入したいと考えた場合に、そのハイブリッドバイクが、その時点の道路交通法上「原動機付自転車」として扱われることになるとします。
 しかしそのハイブリッドバイクの「売り」は、駆動方式を簡単に電動と人力に切り替えることができることにある場合、人力モードに切り替えて、自転車道など(つまり車道以外の道路など)を走行したいというニーズがあるにもかかわらず、人力モードであっても「原動機付自転車」である以上は、自転車道等は走行してはいけないというのが、法的な帰結になります。  
 
 これでは、人力モードにおける利用範囲が狭くなってしまい、事実上新技術を活かしたビジネスは展開できませんし、そのことは、メーカーにとって不利益であるにとどまらず、潜在的なニーズを有している(潜在的)利用者にも不利益です。  
 このような場合に、人力モード(ペダルのみ走行)に切り替えた状態で、一定の要件を満たす場合には、そのハイブリッドバイクは道路交通法上、「自転車」として扱うことができれば、ビジネスの展開が可能となります。  
 この問題に関する警察庁の解釈として、「ペダル付きの原動機付自転車」の取り扱いについて」という文書がありましたが、この解釈を見直して、「ペダルのみ走行モードの時には、原動機付き自転車ではなく自転車として扱う」という解釈が認められれば、道路交通法の改正にまでは至らずとも、ビジネスが展開できることになります。
 ただし、上記の警察庁の解釈は、歩行者等の安全という重要な保護法益を守るための法解釈ですから、理由や根拠もなく、解釈を変更することはできません。

 法律の世界では「必要性」と「許容性」という観点で法規制を考察し運用することが求められますが、この場合「許容性」(現在の法解釈を変更しても、法の守ろうとしている利益(法益)が不当に損なわれることにならないのか)が問われることになります。
 この点を、検証するためには、公道でハイブリッドバイクを実際に動かして、危険性に関する実験を行うことが有意義です。様々な実験条件を設定して、規制官庁である警察庁から「こういう条件を満たせば、解釈変更はありうる」という示唆を引き出しつつ、実証することで歩行者等への危険性が許容範囲内であるということがきちんと裏付けることができれば、警察庁が解釈を変更することにつながり得ます。
 実際に、規制のサンドボックス制度を利用した実証事件の結果、警察庁も解釈を見直すこととなるという成果につながりました。

 他にも、実際の適用例として「不動産の賃貸契約時にお ける書面交付の電子化に関する実証」「電動キックボードのシェアリン グ事業の実施に向けた走行実証」「ブロックチェーン技術を用い た臨床データのモニタリング システムに関する実証」「民法における債権譲渡通知のSMS利用」などの事例があり、規制のサンドボックス制度は、我が国における技術革新とその事業化に寄与する有益な制度として確立しつつあるようです。

 「法律や通達ではこうなっているから、この事業はできない」とあきらめてしまうのではなく、「その法律や通達が守ろうとしている法益を不当に侵害することなく、新しいビジネスを両立することはできないか」というチャレンジングな試みを支援する大変面白く、有益な制度であると大変感心しました。
 わたしたち弁護士にとっても、法解釈を「なにかをしないための言い訳」ではなく「こうすればこれができる、大丈夫」という姿勢で運用することが大切であることを気づかせてくれる良書でした。

  ちなみに、中原裕彦さんと池田陽子さんは経済産業省の職員で、お二人ともわが長野県のご出身とのこと。長野県出身のお二人が、時代の最先端で日本の産業活性化のために、がんばっていらっしゃることにも、大変勇気づけられました。

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