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不帰の嶮を越える その1 猿倉 ~ 白馬鑓温泉 ~ 天狗山荘
北アルプス後立山連峰の白馬三山と唐松岳の間に不帰の嶮と呼ばれる難所がある。
切り立った岩峰で北から一峰、二峰北峰、南峰、三峰のピークからなる。いったん入ると引き返すことができないということで、不帰の名が付いたようだ。
ずっと前から行きたかったが、なかなか機会が取れないのと、独りではとビビる気持ちとが重なってこのコースだけ取り残してあった。
今年の5月から身体も心も不調でジタバタしていたが、8月初旬、このルートを越えようと思い始めると一気に気持ちが固まった。
アラームをかけ忘れたり、コンビニの場所を間違えたりで、登山口の猿倉に着いたのは1時間遅れ。
登山届を出すと、指導係のおにいちゃんは「天狗山荘までですか。長いですが気を付けて」とひと言「助言」してくれた。ほとんどの登山者は白馬岳か白馬鑓温泉小屋までなのに、そこから更に3時間もかかる天狗山荘だからなのだろう。多分ヘルメットをザックに吊し、立ち振る舞いから、私を山慣れしている高齢者だと思ったのかも知れない。
午前6時40分に出発した。小日向のコルまで2時間20分、コースタイムを若干上まわる。コルを下って、鑓温泉小屋まで厳しい登りだ。コースタイムを30分も遅れて辿り着く。暑いのと気持ちの低調さから、今日はこの小屋泊まりにするかという気持ちが生まれて急速に強まる。
小屋の前の掲示板を見ると「本日は混雑が予想され、畳1枚に2~3人となります」とある。やはり原則に戻って予定どおり天狗山荘まで行くことにする。
鎖場ではツアー登山の一連隊が降りて来て時間を大きくロスする。お花畑で有名な大出原を経ても足が前に出ない。畳1枚2~3人の小屋へ引き返すか、何度も考えては迷った。ヘドが出る程苦しい。「上の小屋へ着くかな」と不安になる。こんな思いをしたのはこれまでない。そのせいか、休んだときにポールを1本置き去りにしてしまった。取りに戻る元気もない。
しかし、私の本領はここからなのだ。「4歩1拍」のリズム(イイチイで4歩、ニイイイで4歩というように4歩で1を数える)で百で「立ち一本」(立ったまま休んで呼吸を整える)を取り、これを繰り返す。もっとも、このときはさすがに腰を下ろしては水を飲んだ。これだと百までは決まった目標だから頑張れるし、400歩だと平地で150m近くの距離になる。山道でも100m位にはなりそうだし、急な場所では標高がかなり稼げる。これは私の独自の登行法である。
もう一つは呼吸法である。ネパールヒマラヤのシェルパたちは口をすぼめてゆっくり「ヒュー・・・」と息を吐いて肺を空にする。自然と吸気した後、また同じように吐く。吸うことを意識しないで、ゆっくり長く息を吐くのである。高所登山の基本だと教わった。
三つ目は足の置き方である。2年前、ヨーロッパアルプスのオート・ルートをツアーで歩いたとき、スイスのガイドから教わって開眼し、その威力に感服した。進行方向に足を真っ直ぐに出すのではなく、斜めに出し、後方の足を前足に交差させるようにして、その上に斜めに出すのである。私にはひどく合う登行法で革命的でさえあった。特に急斜面の直登に効く。科学的に根拠は未だ解明していないが、斜面に斜めに対面することによって下へ引っ張られる力が弱くなるのかなという感じである。とまれ、この登行法により私の登高スピードは格段に向上した。もっとも下りと平地のスピードは依然として遅い。この克服についても様々な方法を試行しているが、まだ身に付いていない。
この三つの方法を駆使して騙し騙し身体を持ち上げた。そして3時間。ついに稜線に出た。
身体の解放感と山上の開放感が一緒に来て嬉しかった。自分で自分を誉めた。
天狗山荘はそこから20~30分の場所だったが、気が抜けたせいか40分もかかってしまった。
感じのよいおねえさんが笑顔で迎えてくれた。予約しておいたご利益で一番奥の、布団が3枚敷けるスペースのどこでも好きな所で休んでよいと言われた。下の小屋の畳1枚に2~3人と比べれば、ファーストクラスというより天国だ。
小屋の西側の斜面に大きな雪渓が残っていて、その下は池になっていた。溶けた冷たい水が豊富だった。身体を拭いて、まず生ビールを一気に流し込んで、もう一杯をゆっくり飲んだ。去年まではもう一杯だったが、今日は疲れ過ぎた。夕食は名物の天狗鍋が出た。
小屋は清潔でスタッフはみんな気持ちが良かった。ゆっくり休めた。沢山の山小屋に泊まったが、こんなに良い小屋は今までになかった。
(続く)